氷上のデブ

思いついた、試した、いつまで続くか分からない。

ふたごの革命

 革命が起こった。
 王は捕らえられ、牢獄へ送られた。たくさんの兵士が死んだ。革命軍の兵士たちの歓声で、城壁は震え、石造りの城は崩れるのではないかと、巌勝は思った。
 巌勝の潜む小屋の周りはひっそりと静かだった。城の、広大な敷地に作られた数々の物置の一つに、彼は隠れていた。王子であるからには、見つかれば必ず牢獄へ送られるだろうし、今も革命軍の奴らは自分を探しているだろう。出るに出られず、ずっとここに潜んでいる内、夜が来て、朝になり、もう二日経っている。時々小屋の中を歩き回りはするものの、三畳ほどの小屋であるから、大した運動にはならず、腰から足に痺れるような痛みを感じている。
 巌勝は、自分に弟がいる事を知った幼少の頃より、付き人の隙をついて自分の部屋を抜け出しては、同じような庭の物置小屋へ通った。そこに弟の縁壱が住んでいたのだ。
 彼らは双子だった。王家の双子は厄介である。どちらか一人を残して、一人は……ということであるから、左の額から頬にかけて大きな痣があった縁壱が忌み子として排除される事になった。母の願いもあり、かろうじて死を免れた縁壱は、庭師に育てられた。庭師は自分の家で育てたいと申し出たが、それはかなえられなかった。政敵にとられ、上手く使われぬよう監視する必要があったからだ。
 縁壱は監視されながら、庭の物置小屋で十三歳になった。そしてその後、消息を絶った。巌勝が、どこへ行ったのかと周りに何度訊いても、誰も教えてはくれず、付き人が「軍隊に入られたようですよ」と寂しそうな顔をして言ったのが、巌勝にとっての唯一の情報だった。
 結局どこからでも敵は攻めてくるんじゃないか。巌勝は汚れたガラスから塔を見た。新しい旗が、風に吹かれて板のように四角くなり、こちらを見下ろしていた。
 風は、冷たく乾いている。巌勝は冬の風を頬に受けた時の痛みを思い出してから、縁壱と二人で物置小屋の周りで遊んだ日々を脳裏に並べた。巌勝の付き人が、わざと時間を置いて「戻りましょう」と迎えに来るまで夢中で走り回った。弟は大人しく素直だった。後ろをついて走る縁壱が、巌勝はかわいくてたまらなかった。気持ちがはじけて、理由もないのにぎゅっと抱きしめると縁壱はくすくす笑って腕を逃れようとした。あの時の愛情が、不意に胸へ込み上げてくる。そのまま喉を駆け上がり、巌勝の頬は火照った。
 こんな時なのに、縁壱に会いたい。涙がこぼれ、巌勝は床に座り、立てた膝に腕を載せ、顔を埋めた。
 その時、ガタガタと戸が音を立て、巌勝ははっと顔を上げる。そろりそろりと、積み重ねたバケツの後ろへまわったが、そんなもので隠れるほど十五歳の体は小さくはない。戸には、外にしか錠がついておらず、しかも外開きであるので、誰でも開けられる。この小屋が見つかってしまえばどうしようもない状況なのだ。
 しかし……戸を開け、顔を覗かせたのは、縁壱だった。
 しばらく見つめ合う。巌勝は、声が出なかった。言うべき言葉を、ひとつも見つけられなかった。それでも、名を呼ぼうと息を吸った時、さっと距離を詰めた縁壱が兄の前にしゃがみ、彼の口にそっと手を当てた。
「叫んではなりません、兄上」囁く。むっとして顔を赤くした巌勝は縁壱の手をはらいのけ、
「来るのが遅い、縁壱」と言った。縁壱は、巌勝の顔を見て微笑み、詫びた。巌勝の頬は熱を増す。
「今だけの話じゃないぞ、ずっとだ。二年もずっと、来るのが遅い」最後には、自分の言っている事が客観的に見えてしまい、恥ずかしさに語尾が震えた。
「守護の訓練を致しまして」縁壱は巌勝の隣に座った。軍服を着ているが、記章やワッペンなどは何もついておらず、どこの者なのか分からない。「俺は兄上を守りたくて。そうとは言わず、国のためのふりをして、個人的に国の金を使って学びました」巌勝の顔を見て、困ったように微笑んだ。
「お、俺には王国がついているんだから、お前ひとりが……」
「こんな事になったから、俺の適当な現実逃避も役に立った」呟いて、縁壱は俯いた。巌勝は黙って弟を見ていた。さっきのは冗談だったのか。本当に軍隊にぶち込まれたのか。
「兄上」ふいと顔を上げた縁壱は、泣いていた。頬が盛大に濡れている。「お守りします。俺は、とても成績がよかった。必ず、新しい土地までお連れしますよ」
「新しい土地?」
「城の外の、見た事もない、誰のものでもないところです」
 巌勝は目を大きくしたまま縁壱の顔を見ていた。
 巌勝が生まれた頃にはもう、国は安定を失っていた。彼は城の外へ出たことがない。今、城は王家のものではなくなってしまった。しかし、巌勝はその外へ出る事を思いつきさえしなかった。
「城の……外」
 縁壱に手を取られ、立ち上がる。
「兄上、これまで兄上が俺の事をめちゃめちゃ構って下さって、本当にうれしかった。兄上に守られた、十二年。それがあったから、訓練も耐えた」縁壱は巌勝を抱きしめた。ぎゅっと力を込める。「これからは、俺のターンです」
 縁壱は手を離し、巌勝の顔を正面から見た。もう泣いてはいない。
「行きましょう」
 完全に立場が逆転し、巌勝は動転しつつも心地よさを感じていた。縁壱に抱きしめられた時の安心感と胸の高鳴り。
 これが俺の弟だ! と皆にふれ回りたい衝動に駆られたが、「皆」と言って思い浮かぶのは付き人の顔だけだ。なんという人生なんだ、巌勝王子! 巌勝は縁壱の後ろを走りながら、思わず笑みをもらした。
 縁壱について物置小屋のひとつの床下から地下道へ抜ける。長く狭い道を弟と駆け抜けて、巌勝は生まれて初めて自分の足で、城の外の地面を踏んだ。

【完】

 

次作:水面のふたご

二次創作INDEX【小説】